Archive for the ‘高森顕徹先生を知る人から聞いたこと’ Category

三願転入の教え一つ、明らかにされる高森顕徹先生

我ら親鸞学徒は、
さらに珍しき法をひろめず
親鸞聖人の教えを、
我も信じ、人にも教え聞かしむるばかりなり
もっぱら、親鸞聖人の教えを伝える人を、親鸞学徒といいます。
では、親鸞聖人の教えとは?
「三願転入の教えです」 と答えたら、100点満点です。
「三願転入の教え」 以外に、親鸞聖人の教えは、ありません。
ゆえに、「三願転入の教え」 を否定するものがあれば、
もはや、それは親鸞聖人の教えでもないし、仏教でもない。
まったくの外道です。
「18願だけ、聞けばよいのだ」
「19願は不要」
「三願は独立したもので、無関係」
「親鸞聖人の教えに、善の勧めはない」
「善の勧めは、遠回りの道」
「三願転入は、親鸞聖人だけのこと」
などと言っている輩は、仏教のぶの字も知らない者、と
思って間違いない。
釈迦、七高僧、親鸞聖人、覚如上人、蓮如上人、みな、
三願転入の教え以外に、とかれていません。
高森顕徹先生もまた、三願転入の教え以外、教えられた
ことはなく、私も、三願転入の教え以外、聞いたことがあり
ません。
親鸞会で、三願転入の教えを聞かせて頂きましょう。
親鸞会の二千畳では、毎月、三願転入の教えが説かれて
います。

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高森顕徹先生から、三願転入の教えを学ぶ

三願転入は、弥陀の本願を源流とし、釈迦、七高僧、親鸞聖人、
覚如上人、蓮如上人、一貫して教えられていることです。
ゆえに、三願転入を否定する者あらば、それは仏教でもないし、
親鸞聖人の教えでもありません。邪義であり、異安心です。
内外廃立が徹底して教えられているか。
聖浄廃立が徹底してとかれているか。
真仮廃立が鮮明にとかれているか。
三願転入の教えがあきらかにされているか。
親鸞聖人の教行信証、蓮如上人の御文章、みなこれ以外に
教えられていることはありません。ゆえに、三願転入の教えに
反する一切を、破っていくことが、親鸞学徒の使命です。
親鸞会では、つねに、三願転入の教えがとかれています。
親鸞会の二千畳で、本当の親鸞聖人の教えを、聞きましょう。

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高森顕徹先生から、無明の闇について聞かせて頂く

高森顕徹先生からお聞きしたことを書いています。
苦悩の根元は、「無明の闇」 一つ、と、親鸞聖人は断定されています。
苦悩の根元とその解決の道を教えられたのが仏教であり、親鸞聖人ですから、
お聖教のなかにも、たくさん出てくる言葉です。
「自力(の心)」 「疑情」 「疑網」 「二心」 「不定の心」 なども、みな
無明の闇と同じです。言葉が違うだけで、中身は同じです。
この無明の闇とは、後生暗い心。
100%確実な未来が後生。その後生があるやら、ないやらさっぱりわからない。
お先真っ暗な状態です。 しかも、いつ、その後生がやってくるかわからない。
生きているとは、まさに、真っ暗がりの中を、目隠しして突っ走っているような
もの。
だから、不安なんです。 なにを手に入れても。
お金を手に入れても、金メダルをとっても、総理大臣になっても、有名人に
なっても、この無明の闇を解決しないかぎり、絶対に安心も満足もありません。
高森顕徹先生は、その本当の親鸞聖人の教えを、ただひたすら、説き続けて
おられます。
親鸞会は、本当の親鸞聖人の教えをあきらかにする、これ一つが存在目的
であり、その他は一切ありません。
親鸞会でのご法話に参詣しましょう。

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高森顕徹先生からお聞きしたこと(無明の闇)

無明の闇について、話をしていました。
無明の闇とは、後生暗い心のこと。
後生とは一息切れたら後生。吸う息吐く息とふれあっている。
生ある者は必ず死に帰す、と言われるように、どんな人も死をまぬがれることはできません。
死は私たちの100%確実な未来です。
その、確実な未来である後生が、暗い。
暗いとは、ハッキリしない、わからない、ということ。
死んだら、どうなるのか。
死んだ後は、あるのか、ないのか。
死んだ後があるなら、楽しい世界なのか、苦しい世界なのか。
みなさんは、死んだらどうなると思っていますか?
ある、と言う人もあるでしょう。
無い、という人もあるでしょう。
わからない、という人もあると思います。
では、死後はある、という人に尋ねます。
どんな状態なのですか?楽しい世界なのですか?それとも苦しい世界なのですか?
ハッキリしていますか?
すると、あるんじゃないか、と思う、程度の返答。
死後は何にも無くなる、という人に、尋ねます。
あなたの主張の根拠はなんですか?
肉親が死んだとき、無になった、と思えますか?
冥福を祈ったりしませんか?
すると、無いと思っている、という返事。
どっちもハッキリしないんです。お先真っ暗な状態なのです。
次回に続けたいと思います。
親鸞会では、親鸞聖人の本当の教えをお伝えしています。
今日、浄土真宗といっても葬式仏教、法事仏教となり、正しい親鸞聖人の教えは
まったくといっていいほど、とかれていません。
親鸞会で、高森顕徹先生より、真実の仏教を共に聞かせてもらいたいと思います。

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高森顕徹先生のお話(信心決定)

高森顕徹先生が常に説かれる、「信心決定」(しんじんけつじょう、と読む)とは、
どんなことなのでしょうか。
信心決定は、信心獲得(しんじんぎゃくとく)とも言われます。同じことです。
蓮如上人は、「信心獲得す、というは第18の願を心得るなり」
と、御文章に書かれています。
信心獲得=信心獲得=第18の願を心得る
まず、第18の願とは、なんでしょうか。
阿弥陀仏の本願は、全部で48あり、これを弥陀の48願といいます。
その中で、阿弥陀仏が本心を誓われたのが、18番目の願であり、
この願のことを、ここで「第18の願」と言われています。
阿弥陀仏の本心が誓われているので、選択本願、王本願とも言われます。
では、阿弥陀仏は18願でどのような約束をされているのでしょうか。
今日の言葉でいいますと、
「すべての人は、金輪際助からない極悪人である。
我を信じよ、必ず助ける、絶対の幸福に」 となります。
お釈迦様も、親鸞聖人も、そして今日高森顕徹先生も、常に教えておられる
のは、この阿弥陀仏の本願ただ一つであります。
正信偈には、「如来所以興出世 唯説弥陀本願海」と書かれています。
まず、本願とは、誓願ともいい、約束のことです。 約束には必ず相手が
あります。阿弥陀仏の約束の相手は、“すべての人”です。この中に入らない
人は一人もありません。こんな約束の相手が広い本願は他にありませんので、
阿弥陀仏の本願を弘誓、ともいわれます。他のいかなる諸仏もできない約束
なのです。すべての人は、この阿弥陀仏の本願によらねば、絶対に助かり
ません。
では、阿弥陀仏は、約束の相手であるすべての人を、どのように見てとって
おられるのでしょうか。

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高森顕徹先生のお話

高森顕徹先生は、いつも話をされる前に、次の言葉を言われます。
布教をはじめられた50年前から、ずっとだそうです。
「あわれ、あわれ
存命のうちに、
みなみな、信心決定あれかしと、
朝夕思いはんべり
まことに宿善まかせとはいいながら、述懐の心、しばらくもやむことなし」
これは、今から約500年前に亡くなられた蓮如上人という方の遺言です。
蓮如上人とは、どんな方かと言いますと、親鸞聖人の教えを、正確に、
迅速に、もっとも多くの人に伝えた人です。今日まで、蓮如上人の右に出る人はないといわれます。
親鸞聖人は800年前の方で90歳で亡くなられ、蓮如上人は500年前の方で85歳で亡くなって
おられます。 今日、形だけとはいえ、浄土真宗の寺は2万を越えていますが、この蓮如上人の時代
に急速に広まったと言われています。
その蓮如上人は、三頭の馬を使われ、日本全国をかけめぐり、正確に親鸞聖人の教えを伝えて
いかれました。 その影響力が大きかったからでしょう、邪教邪宗の者から、ねたまれ、そねまれ、
なんども命を狙われておられます。
今日、私たちが親鸞聖人の教えを聞かせて頂けるのも、この蓮如上人の命がけのご布教が
あったなればこそと、感謝せずにおれません。
その蓮如上人が、85歳で亡くなるときに、おっしゃったのが、上にあげた言葉です。
遺言とは、その人がもっとも言いたい、これだけは言い残したい、というひじょうに大事なことです。
どうでもいいことは遺言しません。
蓮如上人がもっとも願っておられること、これ一つわかってもらいたい、と思っておられることが
言われているはずです。それは、そのまま親鸞聖人の願っておられることであり、
50年以上、このお言葉を讃題で述べられて話をされてきた高森顕徹先生が、もっとも願って
おられることと思います。
では、このお言葉の意味は次回、お話したいと思います。

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「人生は苦なり」高森顕徹先生の著書を読む

今回は高森顕徹先生の監修された本、「なぜ生きる」をご紹介します。
私は先日、知人から相談を受けたのですが、彼は『仕事で辛いことが沢山ありすぎる。何故ここまでして生きなくてはいけないのか。』と言っていました。それを聞いて私が思い出したのが、お釈迦さまの「人生は苦なり」という言葉でした。
高森顕徹先生の本には、苦しみや悩みが絶えない人生を、親鸞聖人は海に例えて「難度海」とか「苦海」と言われた、とあります。
天下を取り、征夷大将軍にのぼりつめた徳川家康も、「重荷を負うて、遠き道を行くがごとし」と、死ぬまでずっと苦悩という重荷はおろせなかったと高森顕徹先生は書いておられます。
さらに、無類の楽天家と知られているゲーテでさえ、「結局、私の生活は苦痛と重荷にすぎなかったし、75年の全生涯で真に幸福であったのは4週間とはなかった」と嘆いていることや、自由奔放に生きたことで有名な女流作家の林芙美子も、「花のいのちは短くて、苦しきことのみ多かりき」と言い残したり、夏目漱石の、「人間は生きて苦しむ為めの動物かも知れない」と妻への手紙に書いたことなど、たくさんの偉人の言葉を、高森顕徹先生は本で紹介して下さっています。
つまり歴史の偉人たちも皆、難度海の人生に苦しんだことを知ることが出来ます。苦しむための人生であるはずがないのですが、幸せになりたいという願いも虚しく、難度海の波に翻弄されて生きている人がほとんどなのではないか、と高森顕徹先生の本を読みつくづく思います。
親鸞聖人の教えを、ぜひ多くの皆さんに知っていただきたいです。

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高森顕徹先生に親鸞聖人の教えを学んでいます

私は、浄土真宗親鸞会で仏教を学んでいます。
仏教というものが、大変哲学的で理にかなった教えであることに驚き、そして、親鸞聖人の教えを正確に伝えるという信念で話をされる高森顕徹先生に関心を持ったことがきっかけで、私は仏教を学ぶようになりました。
そして今、私は親鸞聖人の教えの理解を深めるために、高森顕徹先生の書かれた本を読み直しています。
最近、特によく読み返すのが、高森顕徹先生の監修された「なぜ生きる」という本です。改めて日本の自殺者が多いこと、そして、対策を講じているにもかかわらず、その数が減らないことについて考えさせらる内容でした。
日本の自殺者が、年間3万人を超えていることをご存知の方も多いと思います。交通事故で亡くなる人は昨年1年間で5千人ほどでしたから、自殺者数の多さは異常というほかないでしょう。サブプライム問題など、世界的な大不況、リストラ問題なども関係しているかもしれませんが、それだけを要因と考えるのは、あまりに早計すぎます。
そのことは、フランスの社会学者が、富豪ほど自殺率が高いことなどから、経済的に豊かな人ほど深刻な苦悩にさいなまれていることを発表していますし、米国の著名な心理学者においては、「生きる目的」がわからないから、どれだけ利便と娯楽に囲まれても、心からの充実が得られないのだと説明していることでもわかります。
自殺の根本原因も、「人生の目的の重さ」「生命の尊厳さ」を、知らないからではないでしょうか。わたしは高森顕徹先生の本を読んでそう思うようになりました。「そんなにまでして、なぜ生きるのか」という人生の根底を知らないからこそ、人は自殺を選ぶのかもしれません。もっと高森顕徹先生が伝えようとされる親鸞聖人の教えを学びたい。そして学んで知らされた記録を、このサイトに記したいと思っています。

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