高森顕徹先生のお話(2)

高森顕徹先生が、毎回、ご説法をはじめられる前に述べられる、

「あわれ、あわれ

存命のうちに、

みなみな、信心決定あれかしと、

朝夕思いはんべり

まことに宿善まかせとはいいながら、述懐の心、しばらくもやむことなし」

という、蓮如上人の御遺言について、話をしていました。

まず、最初に、「あわれ、あわれ」と蓮如上人は仰言っています。

「あわれだなあ、かわいそうだなあ、不憫だなあ」 と、お亡くなりになる直前の

蓮如上人が、生きている人たちに対して仰言っています。

ふつうは逆ですよね。生きている人たちが、死んでいかねばならない人に対して、

かわいそうだなあ、あわれだなあ、と言います。

では、蓮如上人は、なにを、「かわいそうだ、不憫だ」と言われているのでしょうか。

「存命のうちに」とは、命のある間に、ということ。死んでからでは間に合いませんよ。

生きているときが勝負ですよ、ということ。

「みなみな」とは、みんなの人に。すべての人に。

「信心決定あれかし」 信心決定(しんじんけつじょう、と読みます)してもらいたい。

「朝夕思いはんべり」 この蓮如、朝から晩まで思い続けていることは、このことばかりだ。

以上でおわかりのように、蓮如上人が85歳で亡くなるまで、一日中思い続けて

おられたことは、「命のある間に、みんなの人に信心決定してもらいたい」 これ一つ

であったことが、おわかりでしょう。

祖師親鸞聖人も、私たちに願っておられることは、「信心決定」これ一つであります。

ですから、「信心決定」ということが、わからなければ、親鸞聖人や蓮如上人の教えは

絶対にわかりませんし、浄土真宗にはなりません。

高森顕徹先生は、つねに、ご説法で、信心決定とはどういうことかを、お話下さって

います。

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